まだまだ出口が見えませんが

つぶやき

これを書いている時は、京都府はしばらく感染者が出てない状態で落ち着いており、6月1日には、感染予防を取られた状態で、店舗を全面的に再開させるとのこと。

昨日は緊急事態宣言が解除されたということで、歯の定期検診に久しぶりに河原町に来てみましたが、四条河原町のバス停。かつては人でごったがえす場所なんですが、ご覧のとおり、結構ガラガラ😅
歩いている人は、観光客ぽい人はたぶん見かけてないなあ。みんな京都市民的な雰囲気でした。
これから徐々に人出が増えるんだろうなあ。
そうやってどんどん良くなる!と思いたいものですが、第2波ぽい流れも都市によってはあるわけで、どうなるんだろうか・・・と思う気持ちは6月に入っても続きそうです。ジュリーの誕生日までは良くなってほしいですけどね。

昨日(5月28日)の日経新聞電子版に山田監督のインタビューが載っていたということで、無料会員登録して読ませていただきました。

疲れ果てた観客に笑いを 映画監督 山田洋次氏
新作「キネマの神様」の撮影中に、主演俳優の志村けんが新型コロナウイルスによる肺炎のために帰らぬ人となった。  「運命みたいなものを感じた。ぼくは渥美清という喜劇人と最後まで仕事ができた。志村さんは彼に

一部抜粋させていただきますと

「運命みたいなものを感じた。ぼくは渥美清という喜劇人と最後まで仕事ができた。志村さんは彼に次ぐ喜劇人であるのに、まだ主演映画がない。ぼくは思い切り笑える作品にしたかったのに」

「志村さんは民衆的な目線で仕事をしていた。渥美さんと似ていた。貧しい人、地位の低い人の側に立ち、偉い人を笑いとばす」

若き日の主人公を菅田将暉が演じる過去の部分を3月末に撮り終え、志村が演じる現在の部分の撮影に入る矢先の訃報だった。セットも組んでいたのに、撮影は4月から中断したままだ。

日本経済新聞電子版2020年5月28日

山田監督はきっと志村さんに渥美さんの姿をどこか投影させたかったんでしょうね。
思い切り笑える作品・・・きっと世間的から見れば、ダメ親父で不器用なんだけども映画のことに関しては真っ直ぐな純粋なゴウさんをもうしょーがないなあとか思いながらプッと笑ってしまうような、そんな観客の姿を思い浮かべます。
そういう演技ができる人って、そしてその演技を見て、映画が流れている間、男女世代問わずみんながストーリーに入り込んでゴウさんに共感し合えるって、考えてみるともう志村さんくらいしかいないんじゃないかって。本当に惜しい・・・

「現代を描く場合、コロナ以前と以後で分かれてしまう。ぼくの映画もコロナ以後の物語にするなら、脚本に手を入れなくてはならない。私の父はコロナを知らずに死にました、とか。コロナ後に日本人がどんな思いを共有しているか、どんな考えをもつか、それを予測しながら作ることになる」

「志村さんがやるはずだった役はギャンブル依存症でね。パチンコ屋が閉まると困るようなダメな男。自信なく生きている人にとってはつらい時代です」

家で独り過ごしながら観客のことを考える。

「コロナの時代が終わった時、人々はなにを求めるだろう。みんなが見たいと思う映画を作らなければ。疲れ果て、心が荒涼とした人たちが、ああつらかったねという思いを共有できる作品を」

「映画や芝居は観客なしには成り立たない。劇場でイメージを共有し、興奮し、感動し、大笑いする。僕たちは観客に向かって語りかけている」 「渥美さんが言っていた。舞台に立つと観客が一斉に手を差し伸べているのが見える、その一人ひとりと握手をする、それが芝居です、と」

日本経済新聞電子版2020年5月28日

沢田さんがおやりになるにあたって、脚本を手直しされているという山田監督。ゴウさん自身の性質も多少変えないといけないだろうし、それより難しいのは、コロナ後の世界を想像しながら直されるって・・・

コロナ前よりも、もっとアンハッピーになるのか、ハッピーになるのか
私はもちろんハッピーを望みたい。
たまたま2ヵ月ほど前からはじまったBSテレ東で寅さんを4K画質で放送ということで、第1作目から録画しながら観てるんですが、ふと見ていて思ったこと。
もしかしたら、寅さんみたいな生き方が全然許される時代、普通と思える時代が来るんじゃないか。多様性ね。お金のこと心配せずに自分が自分らしく生きられる時代。
そんなこと考えると、もしかしたら寅さんって50年以上前にすでにこれから来る未来を先取りしすぎてたんじゃないかって(笑)寅さんだって見ていて「あれ?どうやってお金工面しているのかな?」と疑問に思うことがあるけれど、そこにはあまりフォーカスされずストーリーが進んでいますもんね。

そんな世界が私の理想です。

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