CO-CoLOバンドを語る(ジュリー三昧)

JULIE

続いてはアルバム「CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達~」これを作りましてですね、新しいバンド「CO-CoLO」というのを作ってバンドでやるんだみたいな。だいたいバンドが好きなんですね(笑)なんかソロっていう感じじゃなくて、どうしてもソロシンガーというイメージなんだけどそう言われれば言われるほどバンドとしてやりたいみたいなね、いろいろと髭伸ばしてみたりだとかねいろんなことしましたなあ。
あの頃はね「CO-CoLO」っていうバンドはチト河内さんでしょ篠原さんでしょキーボードの、ギターが石間さんでしょ、ダブルドラムで原田裕臣さんでしょ、ベースが竹内正彦でしょ、で僕より年上の人がほとんどで、ベースの竹内正彦が僕より年下で。
みんなね稽古しないのよその当時。「ちょっと待って」って一曲するとね「ちょっと疲れちゃったから一服しない?」みたいな話にすぐなってね、コーヒー飲んでタバコ吸ってって、この頃は僕もタバコバカバカ吸っちゃいましたよね。うーん喉は強いとはいえこんなに吸ってたらダメだと思うぐらいに吸ってましたしね。
それよりも何よりもその頃に困ったのはね、練習しない。僕なんてどちらかというと体育会系でさ、体に沁み込ませたいという方なんだけども、その話をしてもねチトさんとか石間さんとかはね「ちょっと待ってよ、もうちょっと待ってよあと5分」とか言ってねまたタバコ吸うわけよ(笑)そういうのでね、大変だったといえば大変だったけれど、こーいうおっさんっていいなとか思いながらもね、いやいや失礼な話っていうよりも、そらまあ僕なんかがその歳になったらそうなるんだろうなあと思っていましたね。僕は僕でまだ元気溌剌でしたから、年齢的にいうと42とか厄年越えたくらいですか?その頃ですからそんなに若いかっていうと若くはないんだけどまだまだ元気だったですよね。もちろん今も元気ですがやっぱり60歳になったのと違いますもの。その頃まだチトさんとか石間さんとかはまだ60になってなかったものね。って思うとみんな本当に年寄りだったんだなあと思ったりもしますけども。
でもいろんな人を見る、いろんな人と関わるってことを、そういうチャンスを与えてもらったから年を取るのが怖くなかったですよね。だからもうちょっと先になってから50になるわけですが50から60になるまで早く来てほしい、でもあっという間だったですよね。40から50もあっという間ですけど、よく先達が皆さんおっしゃってますが、やっぱりあっという間に年月がたつんですけど、それでももっと早く来てほしいって思うぐらいにね早く歳とって本当に偏屈ジジイが何言ってるんだって言われたいって本当に思いましたよ。あの頃僕からしたら今より若いんですもの、それでも立派なジジイだったんですから皆さん。
いいものを見せていただいて、今の方がきっとねチトさんや石間さんとか篠原さんとかもねみんなもっとあの頃よりもみんな若々しいんじゃないかと思いますよ。
その頃の「CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達~」というアルバムから聴いてください。「闇舞踏」

沢田さんは「CO-CoLO 1 〜夜のみだらな鳥達〜」の「1」の部分の発音をなさらなかったんですが、ウィキペディアでの読み「ファースト」でいいんでしょうか?とどうでもいい疑問が😅

「ジジイ」に憧れていた沢田さんは今では立派な「偏屈ジジイ」になり(笑)←褒めてますw
やっぱりね、なかなか思い通りに自分を成長させられない中で思い通りになれるって素敵なことだと思いますよ。ちょうど85、6年の転換期でこういう方々と仕事を一緒にできたというのがね、とっても新鮮だっただろうし、おそらく自分の「地」の部分がそっち(ジジイ)方向だったこともあって、ああもっと自分を出していったらいいんだとか、出せる安心感というか、人生において収穫がひとつできて、また一ステージ上られた時期だったんだろうと思います。世間的に見れば〇ひろみさんみたいに若々しくバリバリ系で居続けてほしかったんだろうけど、地がそうだから仕方がないですわ(笑)

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