ひとりでも大丈夫

つぶやき
こういう時間こそひとりになろう

すみません、今が一番シアワセです。

今私は42歳、独身で京都で親元を離れひとり暮らしをしています。
世間的には女性で独身で子供もいないし、でもう不幸パターンに陥ってる立場なのかもしれませんが(^-^;

すみません、今が一番シアワセです。

ひとりで暮らしていると、会話もできないし、他の人と一緒にいる時間を作らないと寂しいのではと思われがちです。
しかしなぜ「シアワセ」だと思えるのか、
健康で五体満足で普通に生活できること。
当たり前のことを当たり前ではなく向き合って感謝することでシアワセだと思える基本ですね。

何があっても「大丈夫」


私の場合、まずは会話下手と
(仕事上の会話は普通にこなせていると思っていますが、フリートークだと何を話せばいいのか考えつかない)
この年になってもまったくもって治らない人見知り
(例えばLIVE会場で知っている顔を見かけても声がかけられないとか(^-^; 誘われないと輪の中に入れないとか)

その代わり、例えば無人島に残されて、食糧と安全だけは残されたとしたら、
会話もしなくて平気だし、寂しくもなんともないだろうという気質はあります(笑)

もちろん、人とのつながりは大切なものだと思ってはいるので、特に人見知りの部分については一生をかけての克服課題ではあります。人と(SNSではなくリアルに)つながっていないと急病の時に対応しきれないリスクや、災害に遭った時のどう行動をすればよいのか不安になってしまうリスクは正直あります。
人とのお付き合いで、シアワセに思う時間を得れば今以上にシアワセに感じることでしょう。


こういう一人好きで、何か起これば周囲の人の助けをすぐに得られないという、不安定さはありますが、しかしなぜかしらん特に40代に入ってから、理由や理屈なく「大丈夫」という言葉が浮かび、それが日々の自分を護ってくれているような気がします。
「越えられない壁は神様は用意しない」と。

最近でも出雲旅行を終え、京都へ戻るバスの中、Appleからの結果的には不審な請求メールに気づかず、良い旅行で終わりたい、悪いことをこの車内の時間で解決したい一心で、思わずクレジット番号まで入力してしまいました(^-^;
帰宅後、やはりフィッシング詐欺的なものであろうと気づいた後はもちろんパスワードを変更したりして一応の対策はしましたが、そういう嫌なことに遭ったりしても不思議と「大丈夫」だと思えるのです。例え妙な請求が来ても、カード会社に対応をお願いしカードを再発行すればいいだけじゃん(もちろん支払先の連携は変更しないといけないですが)。命が脅かされている事案ではないわけです。魂を向上させる一つの勉強をさせていただいたと思ったらいいのです。
(このケースだと、こういう場合は焦ってすぐに解決するべきではなく、家に帰って、不審なメールなのか本物なのか調べてから対処することを学んだのです)

起こった物事の「意味」と向き合い、前向きに生きていこう

そうやって、悪いことをただただ悪いことにしてしまうのではなく、その「意味」を自分なりに向き合って悟り、最終的には前向きに生きようということです。
かといって「楽観的」「楽天的」とは少し違う気もします。
きちんと物事に向き合うことも大切で、それが魂を成長させる修行になります。
マイナス面もすべて受け止めて、一時的に傷ついたり落ち込んだりしたとしても後に引きずらない、恨まない、妬まない。時間をかけてでも気持ちを前向きに持っていくんです。その繰り返しが人生なんだと思っています。

神社に参拝して感謝を伝えよう

こういうふうに思い至ったのも、全ては経験からと、神社参拝を通して神様とつながらせていただいたという変な(笑)自信からかもしれません。
妙でもなんでもその自信と、幸せだと思えば悪いことでもしっかり受け止められる。
良いことも良いことで単に「ラッキー♪」だけで終わらず、「神様御先祖様ありがとうございます!」と心の中で感謝をする。

そうは書くものの、まだまだな部分はたくさんあるので、こうやって書くことで自らの戒めとし、生きる上においての参考にしていただけたらと思っています。

不定期ではありますが、このコラムでは、自ら経験したことや学んできたこと、外出先のおひとりさま視点など書いていけたらと思っています。

よろしくどうぞお付き合いくださいませ




コメント

タイトルとURLをコピーしました