ザ・スター 沢田研二16

JULIE
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第16章 合宿①

話した人 沢田 研二<1976年4月23日>

夏へのステップ

 4月18日の京都公演が終わった。これで春のコンサート・ツアーはひと区切り、ささやかな休みをいただいた。
 旅は連続移動が続いたので、どうしても早起きになってしまっていた。自宅で2日間、午後3時まで眠る。寝てるのが一番いい。本当にそう思う。何にもしない。ただ眠る。子供だと親にいつまで寝てるのか!とどなられるところだろうが、こんな時、大人である幸せを感じたりする。
 しかし体はなまる一方だろう。そろそろきたえなおさなければ・・・・という職業意識が頭をもたげる。カーテンを勢いよく開ければ、もう初夏にも似た日差し。夏のツアーのスケジュールも着々と決まってゆく。また合宿をしなければ・・・・。
 夏のツアー前一週間を出演者、スタッフと共に合宿する習慣がおととしからぼくらにはついていた。合歓(ねむ)の郷、つま恋、これまでの合宿地はいずれも練習スタジオと広いグランドがつきもの。いつもの室内で過密スケジュールに追われているぼくらにとって、この一週間が青空を相手に出来る唯一のチャンス。それも欲求不満がたまってのことだから、人一倍でっかい空が欲しかったりする。どんなにアンプいっぱいに叫んでも、どんなに体いっぱいアクションしても、まだありあまる場所が必要なのだ。

抵抗がない早起き

 午前7時起床、7時30分集合、ラジオ体操、マラソン、8時朝食、9時~1時練習、1時~4時昼食、運動、4時~8時練習、8時夕食、自由時間、ざっとスケジュールはこうなっている。誰が決めたものでもない。みんなが規律正しくなりたいと思うのである。
 なぜか早起きに抵抗がない。集合時間に遅れたりすると、他人へのミエではなく、人よりその日一日が短くなったことが、青空をうばわれたようにとてもくやまれるのだ。
 体操は力を入れて初日よりふんばる。2日目は筋肉痛がひどいけれど、これを越えなきゃ体力はつかない。かたくなっていた体がきしみを立てて朝の冷気にとける。
 マラソンコースは宿舎からグランド往復。10キロコースである。病気、発熱など特別な理由がない限りこれに参加しないと朝食にありつけない。競走ではない。歩いてもいい。完遂することだ。それにしても上り坂ばかり多いように思えるから不思議。井上堯之さんがまず数分で歩きだす。
「短距離なら少し自信はあるんだけど・・・・」
 もう口ぐせになったようだ。
 食堂は宿より少し離れたところにある。ぼくらは自転車をチャーターしてある。どうあっても体を動かさなければ何も出来ない仕組。
 スタジオはというと、食堂の数倍の距離があるから、谷越え山越え自転車で行くのも次第にきつくなり、電気自動車に乗り込む連中の数も増える。

なぜか早い昼食

 あらかじめ夏のツアー用の歌ナンバーは決めてある。井上さんと大野克夫さんがアレンジを担当、練習も初日よりガンガンいく。この場にPA・照明のチーフも参加して案を練る。大道具さんまでも舞台装置の効果をサウンドを聞きながら検討するのはうれしいことだ。この場所に音楽で集まった若者がいるだけ。ただそれだけ。
 昼食はなぜか食べ終わるのが早い。運動時間が1分でもおしいのだ。グランドに直行。すぐさまキャッチボールが開始される。旅先のあいまをのぞくと、ぼくらの野球シーズンもこの一週間に制約される。すぐにインスタントチームが2組結成される。7人しかいない時もある。それでもいい。体をあますことなく動かすんだ。そして強くならなければ。週の後半にはスタッフ全員が合宿につめかける。かなり大人数の激戦が展開される。負けるのはいやだ。汗を流すのはとなりの野外プール。ザンブと飛込めば、水の中で青空がゆれる。
 合宿は練習のみの集まりではない。それは東京のスタジオでも出来る。肌はベランダでも焼ける。それじゃ遊びなのかと聞かれれば、そうかもしれないと思う。
 遊び、たわむれとはちがうゆとりのある心のすきまにスタッフが、おつきのボウヤがコミュニケートする。この一点については責任をもってぼくらは参加しなければならない。
 ただし合宿をしてコミュニケーションがとれるのはあたり前なことだ。だからこそ会社は金を出す。ぼくらは真剣である。青空に真剣なのである。
 夜の自由時間がかっこうなコミュニケートの場である。トランプ一枚に、グラスの一杯に輪が広がる。この結果は合宿終了後すぐに出発するツアーに現れる。
 4トン半のトラック3台に器材。それらはあやつる人達の手によってマシンではなく心あるものに変わる。全13トン半の心はぼくらの心と共に移動しはじめるのだ。ステージでメンバー全員が真っ黒い肌をしているのももちろん誇りではあるが、お互いにかわす目線は一味ちがっているはずだ。

怪談は苦手だよ

 コミュニケートにはいろいろ方法があるのだろうが、月夜の晩に電気を消して行われる怪談話だけはどうも苦手である。この時とばかり熱が入るのは加瀬邦彦さん。そして本当に不思議なことが2年前の合歓の里では起こったのだ・・・・。ぼくの心は怖い思い出を思いうかべながらいま夏にひた走っている。

毎日10キロ走って練習してまた運動して練習して・・・
さすが体育会系wのメニューだったんですね。
全国ツアーと名乗って本格的にやりはじめた74年からこういうことをされてたみたいですが、この年は謹慎明け最初の仕事というか活動がこれで、きっとメチャ新鮮な気持ちだったんだろうなと想像いたします。
加瀬さんの怪談話は、次回詳細に語られております(笑)

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