(MYふりかえり④)まだ自由になりきらない頃の話

JULIE
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いろいろあった果ての神戸LIVE

2009年はまだ田舎にいた頃で、6月に東京へ初めて連ちゃんで「Plesure Pleasure」in 渋谷C.C Lemonホール行けた時はどれだけフンコー&落ちつかなかったか(笑)なんか関西の田舎から出てきて渋谷に行っちゃったものだからもう落ち着かない落ち着かない。ジュリー祭りは特殊だったとしても、関西と関東ってこれだけ会場の雰囲気が違うんだなあと実感させてもらいました。

2008年は倉敷でのLIVEが心に残ったとしたら、2009年は神戸でした。
8月は最初の頃にわたしの大好きだった人の死があって、その人の死と向き合う時間がないまま(仕事も8月5日くらいから22日の神戸LIVEまで朝から晩まで17連ちゃんだったらしい・・・オイオイ💦)今のわたしにしたらかなりハードなスケジュールの中で仕事をやっていたせいか、突然高熱が出てカラダが動かなくなってしまったこともありましたし、急速に鬱状態になったり・・・自分のココロが相当疲労していました。その果てのやっとやってきた8月22日の神戸国際会館でのLIVEでしたね。
そしてここでもちょっとした奇跡といえば奇跡なんですけど、前年の事故で自分の車は廃車になってしまったため、レンタカーで神戸まで行ったんですよね。でそごうの駐車場に止めようとしたところミスって壁にぶつけてしまい車を一部破損してしまいました。そこまではまだ自損事故でセーフといえばセーフなんですけど、入れ直そうとしたいにも隣に止まっている車との間隔がなんと1cmもないくらいの状態になっていることに気づき😥これは自分で動かしたら確実に隣の車を破損してしまうということでJAFを呼んだりして、同時に警察も呼びましたし。どこかしら疲れすぎてたのかななんて思いますが、一方でこれも「護られてるな」ということなんでしょうね。自損事故の範囲内ですんだということですから。

そういう果てで観たジュリーはやっぱり格別で、3列目だったしね。このつらかった8月のご褒美、という気持ちで感慨深く観させていただきました。

思うに、自分のやっていることは間違いないんやと。
つらくても投げることなく取り組んでいたら、ちゃんとご褒美がもらえるんやと。


と、当時のわたし書いていますが、やってること・・・間違いなんだけどなあ(^-^;と思う今のわたし。心から好きだと思う仕事じゃないことを朝から晩までやってたら無理がくるって。

小さな施設でしたから人もおらずそんな休みのないような仕事をしていましたが、翌2010年にこれまで田舎と書いてきた豊岡から京都の施設に移動命令が出ます。その少し前からの話。

ジュリーが豊岡にやってきた

2010年の正月LIVEは大阪フェスティバルホールが改装工事に入ったため、大阪厚生年金会館(現オリックス劇場)だったんですね。その時、開演前で誰に言われたかは忘れたんですが、わたしに「ジュリーも豊岡でやってくれたらいいのにね」と言葉をかけてくれた方がおられたんですよ。その時は「そうですよねぇ~」みたいな返しで終わったんですが、その少し後に勤務先の同僚から「沢田研二さんが豊岡でやるみたい」って教えてくれたんですね。市の広報かそういうのを見たらしい。わたしもう一瞬頭がヘッ!?と空白ですよ(笑)
でもやっぱり澤會からのお知らせがこないことには確証できないなあと半ば疑い状態のまま、移動命令が出て京都に来た感じですね。それにしても、厚年で声をかけてくれた人すごい引き寄せですね(^-^;

2010年はちょっと特殊で、先に主に『JULIE with THE WILD ONES』ツアーがあって、9月からジュリーの単独のツアーが始まるという流れでした。なので、豊岡に来る確証ができたのは5月の半ばになってからで、本格的に喜んだわたしでした(笑)

本当だった・・・

地元は心臓に悪い

9月20日が公演日でしたが、今やテレビやマスコミに出ないジュリー。ジュリー祭りもどこか遠い話であるだろうこの地域。座席の埋まり具合が日々ネットで見れるようになっていましたが、祝日だというのになかなか埋まらない・・・
当日は満席とはいかないまでも、なんとか集めてきた感じでしょうか(^-^;
そしてはじまってあの「立たない」っぷりはジュリーにとってもなかなかない公演だったんじゃないでしょうか。立っているのが前の2列目までであとはもう一般の今の沢田研二ってどんな?的に観に来た方々という・・・

なんとなく想像はできてたけれども、まさかここまで盛り上がらないとは思いませんでした(^-^;わたしの聞こえる範囲でおしゃべりしてるしね。地域性を考えてみたら、もう演歌歌手さんとかいわゆる「歌謡ショー」のレベルで観にきてる感覚だから、立って観るなんてとんでもないのかも・・

わたしといったら、もうなんとかカラダ動かしてちょっとでも盛り上げよう盛り上げようとしながらも、一方でジュリーに申し訳ない申し訳ないのココロの中での連呼。2列目と近くで観れたのはもちろんうれしかったけど、いつもはありえない「疲れ」が終演後襲ってきました。

本当に心臓に悪いLIVEでした。もしまた豊岡であるとしたら、、複雑だなあ(苦笑)
ちなみに、ジュリーはその日のうちにバスで大阪まで帰ったみたいです。そら、こんな田舎に泊まらないでしょう。

この年のことは、またジュリー目線で想像しながら改めて書きたいと思います。

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