ザ・スター 沢田研二6

JULIE
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第6章 サンデースペシャル

話した人 沢田研二 <1976年2月13日>

覚悟を決めて

 TBS「サンデースペシャル」の試写会場、演出をとった浅生憲章さんのあいさつが終わる。久世光彦プロデューサー、阿久悠さん、加瀬邦彦さんを初めとしたスタッフチームと各報道関係者の目は、たった一台のモニターテレビにむけられる。場内暗転。
 やがてオープニング曲「ジーザル・クライスト・スーパースター」が流れ、画面には古城の壁に大きく浮かび上がったぼくの顔が映しだされた。城壁の石がひとつ落ちると真っ黒い手が出てリンゴをつかむ。黒ぬりにしたぼくなのだ。不敵に笑ってリンゴをかじると、そいつを正面に向かって投げつけた。とたんにぼくを乗せたクレーンが動きだしせい絶な屋台くずしが始まる。暴力的なクレーンは壁をくずし終えると奔放に動きながら前進。歌うぼく。
 ところがぼくは高い所はにが手なのであった。よく知らずに非常階段などをかけのぼり足元になにもないのがわかったりすると、血の気が引くタイプである。リハーサルでは雑念が多分に入り、身が固くなり自由に動けなかった。本番ではもうスタッフを信じきって歌うのみであると覚悟を決めた。
 歌い終わったぼくは、クレーンより地上めがけて舞い落ちる。スローモーションでカメラがそれをとらえオープニングは終わった。

与えられた90分

 CMタイムの1分10秒がいやに長く感じられる。次に映し出されたぼくは逆光の中に右手をロープで結ばれた後ろ姿である。力いっぱいロープを引けばギリギリという音がし、やがてピシッとちぎれて「立ちどまるなふりむくな」のイントロが始まった。
 おもえば今年のスタートを切った曲である。今年は歌手一本で通します、とステージからファンにいった言葉が通じたように「サンデースペシャル」で歌手として、たったひとりの90分を与えられた。幸運だった。
 もちろん最初の打合わせから選曲からすべてに立会った。ここが見せ所だぞと気負う気分と、たったひとりで90分がもつかなという不安とが、いつか交錯し始めていた。「ジュリー、孤独への挑戦」のタイトルのように、たったひとりのステージなのだ。台本の前書きに記された、
<沢田研二はたった一人で歌の世界に入りこみ、そこへ見ている者をひっぱり込まなければなりません。いいかえれば、これは沢田研二と歌との過酷なデスマッチともいえるのです>
 が頭に浮かぶ。しかし走りだしたぼくは立ちどまることも、ふりむくこともすでに許されなかった・・・・。
 画面はベットでバラの花にかこまれたぼくが「フランチェスカの鐘」を歌い出していた。女の側に立って心情を歌うことも初めての試みである。あらゆる試行錯誤をする沢田研二がそこにいた。

「フランチェスカの鐘」ではバラの花にはかこまれてないんですが、何かとごちゃ混ぜになったんでしょうか

台本にないのに

 中CMのあとはホンキートンクピアノを弾く大野克夫さんと、4台のグランドピアノが映り「スティング」を陽気に歌うぼくがいた。阿久さんが訳詞してくださったのだが、家で何回とレッスンしたつもりが不思議に覚えてなく(たしかに緊張はしていたが)あわてた場面だ。
 それよりも胸につけた一りんの白バラ、これは台本になく急きょつけたものである。たいがいのテレビの場合、用意された小道具以外は許されない。誰かの、胸に造花を飾った方がいいよ、の一言にスタッフ中がかけまわり、やっと手に入れた白バラ。
「銀河のロマンス」の照明効果もそうだった。大きな羽を広げて空中ブランコに乗るぼくが、どうも浮かびあがって見えないというので照明プランニングを急きょ変更、下からのあおりでとらえた。これもほとんどカット割りが出された後でのテレビでは、まず考えられないことだった。
 音声、照明、美術・・・スタッフの中には以前歌番組で何回か顔をあわせた人もいた。数人の歌手にまじって、もち歌を一曲だけ歌っただけではつかめない彼らの心情がいまつかめた。

張りきりすぎ!?

 カメラがふかんショットで狙う中、ぼくと井上バンドは十字に組まれたステージの上でごきげんにオン・ステージを展開している。体がよくしなう。「危険なふたり」も「お前は魔法使い」も「気になるお前」もマイクスタンドを持ちあげたり、すりよせたり、多分にやり過ぎ!?なのだ。
 ぼくには目に見えない何万の人がわかる。この調子をテレビでいつもといわれたらどうしよう。無理なのだ。いつものたった一曲歌うパターンでは、張りきりすぎの浮き足だった別ものにみえるにちがいない。ひとりの90分という時間だから、ぼくの多面的な要素を各ブロックに分けられるのであり、ブロック別にぼくは目いっぱい個性を出せるのだから。
 巨大な白いお城の門が開かれ、井上バンドが中の二階建てのステージで演奏。ぼくは静かに「悪い予感」を歌う。しかしこの装置にしてもいくら製作費がかかったのか計り知れない。
 すべてがいままでの歌番組とは別世界。果たしてテレビのスイッチをひねった人にはどんなふうに映るのか怖い気さえする。確かに自分が望んでいた企画である。だがあまりに理想に近づいて、ぼくは飛びすぎたのではないかと思ったりもする。
 いえ、あえて歌番組が少なくなっている現状で、これをみたら沢田研二は歌手だということが、はっきりするだろうと胸をはろう。

スタッフに感謝

 フィナーレは「いくつかの場面」一台のカメラが容赦なく切りかえなしでぼくをずっと押す。手を広げ、その手でやがて我が身を抱きしめ、コーダーに聞きいっているぼく。その目にうっすらと光るのは、先ほど雨の中で歌った名残なのかどうか定かではない。
 そしてモニターのテレビは白く消えた。しかしぼくの目にはその後のスタジオがよみがえる。2月6日午前零時Cスタジオ、このVTRの最後を撮り終わった時に、スタッフ全員の拍手を受けたのだ。たった2日のぼくのために、時間を超えた拍手をくれた人達、ぼくはあなた方を忘れはしない。

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