ザ・スター 沢田研二(終章)

JULIE
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終章 感傷

話した人 沢田 研二<1976年9月17日>

タイガース解散

 人には確かに別れがある。ぼくの長い話も最後になってしまった。ぼくは別れのひとつをまた体験することになった。
 人は別れというテーマをロマンチックに思ったり、美化して酔いしれることもあるが、やはり当事者にとってはつらい思いが先に立つものだ。
 いくつかの別れがあった。小、中学校の卒業式もそうだろう。しかし”蛍の光”に送られて涙したことはない。
 別れの実感としてこの胸に焼きついているのは、タイガースの解散である。昭和46年1月24日、日本武道館のステージがぼく達の別れとなった。単なる悲しさとはいいきれない、説明のつかない感情に若いぼくは涙を流した。最後の曲が近づいてくると、無意識のうちにメンバーの一人々々をふり向いていた。
 お互いの音楽志向別によるグループ制の限界が解散の原因となったが、ぼくらにとってはそんなにクリアな仕事上の別れなどでかたづけられる問題ではなかった。それ以前にぼくらは友達だった。一人になってもどうにかなるさという気持と明日から仲間のいない生活の不安の間で、ぼくは何か手にしなければいられない状態だった。
 新グループ、ピッグの練習に少しの空白も置かず入り込んだ。
 グループサウンズの復活ブームである。だがタイガースが集まることはないだろう。
 メンバーのそれぞれがなつかしい思いにかられ、自分自身の感情のために集まることはいいかもしれない。だがテレビ出演などで人に利用された形で動員されることはイヤだ。ぼくらは自分で決めた別れに責任を持ちたい。実際あの頃はよかったな、だけで集まれるものではない。トッポが、ピーが、全員がいなければタイガースではない。それぞれのメンバーがいまはそれぞれの生活を営んでいる。必至である。だからといってタイガース時代を忘れているわけではない。

お葬式がきらい

 あんなにあざやかだったメンバーを忘れられるわけがない。だが集まるまえになぜ別れたのかを考える。メンバーの心情を越した別れの重さを感じる。

 永遠の別れがあるとすればそれは死別であろう。はなはだ勝手ではあるがぼくはお葬式が嫌いである。
 親しい人、親しくない人というぼくとの関係は別として死んだ方の肉親がつらい思いをしている姿をみるのは、耐えられないことだ。盛大なお葬式は生前の人柄を表すというが、紅白幕が白黒にすりかわったような飲めや歌えはどうかと思うし、あまりに号泣渦巻く沈痛な式場にもぼくの居場所はない。
 ぼくが死んだらただお線香をあげるだけのひっそりとした静かなお葬式であって欲しい。そして悲しみがおさまった頃に、そうだ、命日にたくさんの人が集まったらどうだろうか・・・・。自分の死後のことなど考えたこともなかった。

宇宙人はどうか

 別れはつらいものだが、お互いがさめきっているのに別れられないのはもっとつらいことだ。たとえば子供のために別れられない夫婦といったように。それを思えば別れとはむずかしいものだ。
 苦痛な別れはしたくない。相手がぼくを、ぼくが相手を負担に思わない別れがあればベストだろう。
 人は人とめぐりあう。もっと知りたいと思う。知り合えば知り合うほどのすばらしさはある。だがいつのまにか相手の犯すべからざる領域までもたちいる状況になることもある。それは紙一重である。いい具合の温度のふれあい、そいつがあれば、その状態であたためあっていたい。心を許さないということではない。決してない。
 ぼくの歌を聞いている人の中にも季節はめぐる。別れて行く人もあるだろう。だが、そんな温度をもってすれば、別れの傷もお互いにそう深くない。あたたかい。
人間は悩んだり、ふりかえったり、悲しんだりしてその感傷にふけることがあるが、宇宙人はどうなのだろうか。嵐の去った夜空に、星はすべての歴史をのみこんでさえわたる。

 長い話ももう終わる。ぼくはこれまでたどってきた話のすじのように実際、日ごと行動したのだろうか。矛盾もあった。だがすべての願望を告白してきたと思っている。

これでこの本にての沢田さんの言葉は終わりますが。あと一回、筆者の石原信一さんの言葉がありますので続きます。

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