スペシャル・インタビュー

JULIE

いただきもので、雑誌名が分かりませんが、86年インタビューです。

20周年を迎えた沢田研二の新たなる挑戦

昭和42年2月5日「僕のマリー」で、ザ・タイガースのリード・ヴォーカル、ジュリーとしてレコード・デビューした沢田研二。沈黙の航海を終え、20周年を迎えたこの夏、新しい航海にのりだす。今、彼の前に大海原が拡がる。

最近、沢田研二がおもしろい。一時の迷いのようなものがなくなり、光の射し込む方へ向かって大きく歩み始めたようだ。聞くところによると、当分はCO-CóLOというバンドとしての活動を中心に行うという。6月25日(彼の38回目の誕生日である)に発売されたアルバム「CO-CóLO1」からはそんな彼の言葉に対する愛情がじんわり伝わってくる。ザ・タイガースとしてデビューしてから20年、今彼は音楽を更に優しく抱きかかえ始めた。

――昨年の”架空のオペラ”コンサートに比べて、今年初頭の”正月歌劇”コンサートでは、沢田さんの”前進意欲”みたいなものが感じられたんですが、”正月歌劇”の頃に何かふっきれたんですか?

沢田 いや、ふっきれたのは昨年のうちにふっきれたんですけどね(笑)、だけど、ハデハデしいのじゃないのを、蜷川さん(演出家)らしいのでせまろうってのがあったから・・・。あの時(架空のオペラコンサートで)旧曲をやらなかったから、もう昔の曲は歌わないんだとか好き勝手にいわれましたけどね(笑)。ああ、誤解を招いているんだなと思って、勿論、今までのことを断ち切ろうなんて気はまったくなかつたんですけど、みんながそんな風に思い込んじゃってるなら、そうじゃないよってとこを示してみようかなって事で”正月歌劇”をやったんです。でも、あれでファンの人達も、沢田研二が動き出したって思ってくれたでしょうね。

――CO-CóLOのメンバーとは最初から、ずっと一緒にやろうって考えていたんですか?

沢田 最初はバックのメンバーでしたね。でも、酒を飲んだりしながら話したりしているうちに、みんなもバンドをやりたがっているって事がわかって、それならやりましょうよって事になって。僕自身は仕事としては歌だけじゃないし、芝居も映画もって気持ちもあるけれど、それとは別に歌をやっていく上での強力なバックボーンが必要だと思った訳ですね。いわゆる井上バンドのようなバックバンドとしての強力さという事ではなく、自分もバンドの一員になっての強力さっていうのかな、それがないと前と違うものは出来ないと思ったし・・・。沢田研二っていうと、華麗で、ビックリさせてくれて、みたいに型にはまった見方しかしてもらえないだろうと思ったんでね。でも、今の僕にとって一番イイ方法は、歌に関してはコレ(バンド)だと思うんです。やっぱり時間をかけて、今の時流の波にのるって事を考えるのとは別の地点から出発しないといけないだろうなとは思っているんですね。

――となると、シングルは沢田研二、アルバムはCO-CóLOとしてという形の発売になっていく訳ですか?

沢田 アルバムをCO-CóLOという名前で出しますっていったところで、沢田研二が消える訳ではないから(笑)。ですから、沢田研二とCO-CóLOが同一の位置に並ぶという事でいいと思うんですよね。

――以前はシングル・セールスに比重を置いていたと思うけれど、最近は随分アルバムに比重をかけてきたんじゃないかと思っています。その辺自分自身では、どう思ってますか?

沢田 少しはその意識もあるんだけど、アルバムだけを売るつもりなら、シングルは出さなくていい訳で、アルバムだけ出しているアーティストになればいいんですから、そうじゃなくて、シングルはシングルとしてヒット・チャートにのぼりたいですからね。ただ、コンセプト自体は、今こういう音楽がハヤッてるからこういうものをやろうっていうんじゃなくて、自分達が好きなものをていねいに、どれだけ多くわかってもらえるように作るかだと思うんです。その全体のイメージを明確にできるものがアルバムだと思うし、勿論、アルバムを作ってその中からのシングルって考え方は基本にはあります。ただCMのようなチャンスがあれば、今回の「アリフ・ライラ―」のようにシングルのみって事はありますし、その辺は割とフレキシブルに考えてるんですよね。でも、それはやっぱり・・・、ヒットは出したいですよ(笑)。

――でも、昔ほどヒットに対してシャカリキになってるって感じはしないんですけど・・・。

沢田 それは結果論だと思うの。以前も安易なアルバム作りした事は一度もないし、それこそみんながコンセプトだコンセプトだと言うから、そういう事はやってたから。まっ、たまたまというか、結果としてシングルのヒットが目立っただけでね(笑)。ヒットの条件というのは理屈でいえてもそれを具体化するのは大変難しい事だし、でも結局は自分達がコレと思うものを出すしかないんだよね。とりあえず出しましたよみたいなのはしたくないんです。以前は年に3枚出してたけれど、今は2年で2枚しかシングルを出していないんですから(笑)。

――以前は華やかな歌詞にハヤリのサウンドって感じがシングルには感じられたんですが、最近のレコードは落ち着いた渋めの歌詞にオーソドックスなサウンドって気がするんですが・・・。

沢田 自分達の言葉で、自分達のサウンドを、というのが理想なんですよね。ですから、プロの人達はほんとに素晴らしい詞を書いてくれるんだけど、もっとつたない言葉でも、よりストレートに伝わるものはないかなってとこから今回のLPは始まってますから。

――そういえば、レコーディングも最初から最後まで観音崎に詰めて行なったって聞きましたが、以前では考えらえない事なんでしょうね。

沢田 テレビに出たり、いろいろしてましたからね。人気歌手風の仕事の仕方だったから(笑)。

――最初から最後までアルバム制作に立ち会うってのは楽しい事ですか?

沢田 モノを作ってる時が一番楽しくて、コンサートなんかでも、リハーサルしてる時が一番面白いっていうか、勿論本番は本番なりの面白さってあるんだけど・・・。レコードにしても、出してしまえば次の事を考えないといけないしね。ただ、ずっとレコーディングにつき合っているっていっても、別にずーっと、ここをこうしようとか熱っぽくやってる訳ではないんだけど、今はそれが必要だと思うから。それこそ、すごくとっつきのいいメロディーがあって、仕掛けがあって、小節数えなくてもチャカチャっていったら入ればいいみたいな曲は1曲もないんだけど、全体から伝わってくる雰囲気は今まで以上のモノがあると思うんですよね。

――今回のアルバムのテーマは?

沢田 メンバー全員が、今自分達の言葉で、自分達の力で出せる最大限の事をやろうって事だけですね。最初は12曲進めていたんだけど、女性をテーマにしたもの以外は自然とカットされていったって感じですね。でも、これだけのメンバーがいて、これだけドシッとした音があると、自分はこっちにもいける、あっちにもいけるって感じでやり易いんですよね。

――自分がひっぱっていかなくてもいいっていう安心感ですか?

沢田 例えばエキゾティックスの時などはメンバーも若かったし、向こうはあくまでも僕を立てて、僕はお父さんになってしまうみたいなとこもあったけど(笑)。そういう意味では安心して存分に出来る感じですよね。

――ところで、今年20周年という事で考えてる事ってあります?

沢田 たまたま20年という感じなんですが、まだやっと動き出したって事が浸透した段階だと思うんで、いろいろやって、元気なんだゾってところを皆さんにお見せしたいと思っています。

――やっぱり派手な沢田さんを求めているって人多いですからね。

沢田 ただ、ああいうのは唐突に派手にやってもバカなだけですから(笑)。段階を経てる訳でしょ。で、ヒットが出てる時は何をやっても大丈夫っていうのがあるじゃないですか。でも、今はそれをやるべきじゃないと思うし、これからトントンとうまく行くと前よりもハデになるかもしれませんよ(笑)。

おそらくソバージュにする直前の沢田さん。
少し変装さえすれば女性に見えること間違いないですわw

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