渡邊美佐さんの言葉(「我が名は、ジュリー」より)

JULIE
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久しぶりにパラパラと読みますと
後書きに添えられていました渡邊美佐さんの文章が留まったので。

スター 

 このごろ、「あの人はスター性がある」とか「ない」とか、といった話を耳にする機会が多くなりました。これも一億総タレント時代の一つの現象なのかもしれません。
 いったい「スター」とは、どういう存在なのでしょうか。
「いつも輝いている人」、それがいわゆる「スター」としての唯一の条件ではないかと、私は直感的に考えています。
 じっさい、そういう人々の生き方を見ていますと、一種の虚構の世界を築き上げながら、その虚像の上に、実像を重ね合わせる自己演出が、たいへんに見事です。そうしたなかから、大衆をひきつけ、酔わせる何かがうまれています。
 一見華やかな芸能の世界においても、目に見えないところでたくさんの才能と努力がはげしく競い合っているのです。
 だから、スターになることは難しい、スターであり続けることは、もっともっと難しい、と言われているのでしょう。
 長い間、ジュリーは、そうした「スター」のトップに立っていました。そして、これからもずっと、そう呼ばれ続けていくべき人でしょう。
 それだけに、いま、ジュリーの心のなかの悩みは、深いのではないかと私はこの本を読みかえしながら、ふと感じたのでした。思いすごしであるかもしれませんが。
 ジュリーはまじめな人です。正直な人です。潔癖な人です。それだけにその行動は時として、心ない人からあらぬ誤解をまねくようなことになりかねません。
 誰しも、心の揺れ動く時期というものがあるものです。特に、芸術家にはそういうことが、まま見受けられます。いまのジュリーが、そうではないでしょうか。
 いや、もうとっくに、そんな峠は越えてしまって、次の飛躍に向かって、満を持しているかもしれません。
 いずれにしても、長い一生のうちには、いろいろなことがあるものです。山も谷もあります。しかし勇気をもって、それを乗り越えたときに、本当に、人生の充実感が湧いてくるものだと思います。
 ジュリーは、昔から、そういう点では男らしい人でした。
 ですからむしろ、私がいつもジュリーに言ってきたのは
「自然に、素直に、やさしく・・・・そして、本当の意味で、心と心の交流ができる、そういう人であってほしい」ということでした。
 それに対し、ジュリー自身も、「これからは、もっともっと、人と、人の心を大切にしていきたい」と言ってくれています。

 ジュリー、いつまでも、光り輝く、ほんものの大スタートしてがんばってください。
(昭和六十一年十月のある雨の朝に)

美佐さんの言葉が胸にやさしく刻まれるような感じで、
そしてそれをしっかりと守っているジュリーは素敵だと思えるし。
やっぱりスターなんですよ。沢田さんは。
後にもこんな人いないだろうという。
ずっとテレビに出ていない、むしろドタキャンで世間にマイナスなイメージを与えてしまったかもしれない。普通これなら完全に「往年の忘れ去られた歌手」でもおかしくないですよ。
しかし、「キネマの神様」の代役として名前が挙がった時、みんなが「ジュリーがいた!」と喜んでくださった。あの大体辛辣なYahooのコメント欄にしても見る限り誰一人けなしている人はいなかった。
皆さんが心のどこかで沢田さんはスターだと認めてるからこそなんだと。

最近、コロナの影響でいわゆる芸能人のテレビやステージに出られる活動が限られ、多くの人がYoutubeに進出しておられます。(あの小林〇さんも開設されておられたのには少々驚きましたが😅)いや、別に悪いことではないんですよ。良いか悪いかではなく、
沢田さんは、まずそんなことはしない。
安易に出ていって自分の安売りをしない、性分的にできない人です。
ちゃんと自分のことを評価してもらい、その仕事に気持ちが合えば引き受ける。
そういう沢田さんが、ジュリーが好きだということです。私は。

85年7月24日、充電期間後の初めての歌番組「夜のヒットスタジオ」で「はるかに遠い夢」を歌うジュリー。
自分の真を貫くか如くの「沢田研二」の文字が印象的な回でしたね。

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