ザ・スター 沢田研二4

JULIE
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第4章 大和魂

話した人 沢田 研二<1976年1月30日>

みつけた心情

 ぼくは古い時代の一番最後の世代なのだろう。しかし、これから話す大和魂とは伝統的日本人の武士道とか特攻隊のような玉砕精神にのっとったものではない。あくまでもぼくの美意識であり、ぼくの歴史の中でみつけた心情である。

 時として人の好意が仇となることがある・・・・。
 確かにぼくはフランスにいった。レコード・プロモートも効を奏してフランスのヒットチャート誌をにぎわせもした。帰国してから出演したテレビ、ラジオの司会者は、ぼくを「世界のジュリー」と呼んだ。
ちがう。フランスのジュリーであったかもしれぬが、世界はやはり遠い。人はそれを好意から出たほめ言葉だという。
ここでぼくはほほえまない。彼らはほんの少し安易にぼくをもちあげてしまった。安易であっても「世界」の二文字は苦しくぼくの胸に突き刺さる。さあ、いってくれ、ぼくの「世界」はまだ遠いのだと。
 どこかでみんながぼくにやさしくする。ファンレターはみないし、返事も書かないのだから、もらっても報いてあげられないよとステージの上から話したら、議論になってしまった。
 タレントなら誰でもやっているあたりまえのことなのだ。人前でさらすことではないという。なぜファンレターをみないのがあたりまえなんだ。ほかのタレントとぼくはどうして比較されるんだ。
 するとスタッフにジュリーは疲れているんだとなだめられる。疲れちゃいない、ぼくはいけないことをしているぼくに怒っているのだ。いけないことを知っていて、あえてしているのだから、せめていけないと自覚するぐらいのぼくぐらい、残して置きたいのだ。
(罪にいさぎよくあるべし)

くちびるかんで

 タイガースの人気はぼくらの力と信じていた。若かった。ステージいっぱいに声をはりあげて歌えば、まばゆいばかりのスポットライトはぼくらがキラ星であることを証明するがごとく照らしていた。
「あれは渡辺プロダクションのおかげさ。彼らの人気だけじゃ決してこうはならない」
 ある日タイガースのうわさを耳にした。めまぐるしいステージを汗まみれに歌うぼくらの自負は一瞬にして打ちのめされた。あの大きな歓声は、ぼくらのものじゃないというのか!?確実にぼくらのアクションとファンの手拍子が重なってもちがうというのか!?
 くやしさに青いくちびるをかんで、二度と何ものにもゆずらないぼくらになることを誓った。
 久世光彦プロデューサーによるTBS「サンデースペシャル」の90分ワンマンショー、そのトップにぼくが選ばれた。出演者7人の中にエントリーされたことをまず感謝する。
 しかしあえてそれだけのこととして打ち切ろう。これからは己との勝負である。ぶざまな姿をみせつけたらカメラワークのミスではない。それはぼくだ。もう人に肩がわりされるのはごめんだ。
(良きもあしきも己に帰すべし)

胸の中の鏡を

 ぼくは胸の中の鏡をときどきのぞきこむ。じっと黙っているのはそんな時が多い。どうやら友達とも打ちとけない性質らしい。人と相談して決めるのは嫌いなのだ。99パーセント胸の鏡とにらみあって決め、ほとんど人が立ち入れない状態なのに、どう思う?と聞いたりする。
 結婚もしかりだった。まず人気稼業としてマイナスになると忠告されるのは自明の理だった。
 ふとなにげなく薬の成分を考えたりした。薬、すなわちぼくで、成分はぼくを取りまく諸条件である。結婚はかなり危険な劇薬である。しかし薬は必ず劇薬とそれを緩和する成分が混じって成り立つために効用があるのだ。
 これまでは一般的な甘い薬らしからぬ薬であったのならば、これを機に劇薬入りのパワーのある薬を歌病患者(ファン)に投用しても良いのかも知れない。そうと心に決めた。
 強い人間にあこがれる。だから自分の中で自信がつくまでは話さない。つくづく弱いと思う。そんな弱さを人にみせるのは嫌いだ。寡黙であればせめて強くいられる。
(寡黙は強者なり)

結婚は損だが・・・

 結婚についてそれほどの反対もなかった。逆にクレームをつけたのはぼくの方だった。
「もしも結婚したということで、仕事の内容がこれまでと違って妻帯者風なイメージ、あるいはひかえめなステージ作りにでもなるのだったら、ぼくは結婚をとりやめます。いままでとかわらないジュリーとして仕事をさせると約束して下さい」
 たかが結婚で・・・・という気持ちでいったのではない。私的なことで壊れるぼくが怖かったあまりだろう。損得を考えて、損とわかっている結婚をするのだ。それなりに覚悟はしている。にげちゃいけないと思った。
(損得抜きにすることはよほどの覚悟なり、貫くべし)

誰が決めたのか

 大和魂といったものでもないだろう。ただ犯罪にしても、それを罪と決める法律があり、社会生活の中にも一般常識といわれるルールがある。ふとそれは誰が決めたのだろうと思うのだ。そむくつもりはないのに、そむいているといわれれば、いいやぼくは自分にそむいてないと話すだけだ。

決して人のせいにはしない、甘えたくない、弱さを見せない、安易に相談しない・・・ただただ寡黙にぐっとこらえる。
勝手なイメージですが、ああいう世界にいると軽くなりがちな気がしますが、(そもそも会話が軽いイメージがしますw)で、実際に大衆に対して軽さを見せつけまくる方もおられますが、そういう色には染まらず通してこられたんだなと。それがよいのか、悪いのか、そういう観点では測れないものなのでしょうが、少なくとも今の現状にもほぼ寡黙を通している沢田さんはカッコええなあとファンは思うわけです💗

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