第25章 スタッフ
話した人 前島 良彦(照明)遠山 静雄(美術)杉山 茂(音響)中野 正豊(舞台監督)
<1976年7月2日>
謹慎中の沢田研二が欠席のまま「JULIE・ロックンツアー’76」のスタッフ会議は進行する。例年の全国縦断コンサート以上に議論は白熱する。今回は沢田チームの面々にスタッフの目を通した彼をたずねた。
計算されたポーズ
沢田研二は自分の絵がわかっている人間だ。どの歌の時はどこからピンスポットが狙っているか、すべて知っている。そのうえで計算したポーズをとる。つまりぼくらが作った明かりの中に、彼は単に入って行くのではなく、明かりの受け方を自ら変化させて照明技術を増大させることの出来る、貴重なミュージシャンである。しかし、ぼくらのフィーリングがすべて沢田と合うとは限らない。トラブルも起こる。
「歌終わりのスポットの消え方が早すぎるよ」
ある日、沢田からクレームがついた。彼は余韻を残したかったらしい。だが、サイドの明かりがフォローしていたし、顔が消えても沢田の体の影は残っているはずだった。
「早いとは思わない。あのタイミング以外考えられない」
大激論となった。
「ぼくは顔をみせたいんだ」
沢田からこの一言を聞いてやっと理解した。自分の絵を守る彼の一徹さが、ぼくらの胸を打った。
ステージから沢田は客席の中のPA席がみえるのだろうか。ライトのまぶしさをものともせず、彼の目はバランスを取るミキサーにむけられる。その時音響は沢田と一体になる。モニターのかえりの音量はこれでいいのか、ハウリングは起きてないか、すべて沢田の目をみればわかる。信じられないことだが、客席にしか流れていないスピーカーの音が、ステージの上の彼にわかるらしい。
ショーの先端行く
2年前の全国縦断の時に、沢田チームはすでに4トン車3台という巨大な器材をステージに設置していた。パワーいっぱいのPA、めくるめく極彩色の光、大仕掛けの道具・・・・・。これでもか、これでもかとショーは観客のどぎもをぬきながら、エスカレートしていった。
ぼくらは沢田と共に新しいショーのトップを切って走っていた。同じような形態のショーが他にあらわれても怖くはなかった。ぼくらのまねをするには半年のへだたりがあった。ぼくらはさんざん新さを誇っていた。
やがて半年のへだたりが、3ヵ月、2ヵ月とちぢまっていった。いまや沢田研二ショーの翌月には、まったく他で同じショーを開くことさえ可能な状態である。いや技術面でいうならば、完全に並んでしまった。この差を再び開くために、ぼくらはさらにショーをエスカレートさせるのか‼
今さらになって気づいたことがあった。観客のみる目が変わってきたのである。今年のステージは、どんな新しい仕掛けをみせるのか、心待ちにする人が増えた。それは技術ショーであって、歌手本来のショーではないのだ。
ハデなステージの中で華麗に歌う沢田は圧倒的である。けっして他のミュージシャンではまねが出来ない。客の拍手や声援は一段と高まる。
しかし沢田の歌が客に感銘を与えるのは、こんなにハデな作りの時ではない。ピンスポット一本に簡素な道具といったシンプルなステージこそ、客は沢田を凝視し、耳に神経を集中させていた。ショーがエスカレートするほどに、
「沢田さんの歌を聞かせて!」
という本来のファンの声も強くなった。
一人よがりを捨てて
ぼくらはショー技術者としてトップを走っているという一人よがりを捨てた。あくまでぼくらは、沢田研二の歌の一番効果的な状況を作りあげるのが役目である。彼はもう一度ふり返る。長年のスタッフというだけで流れて来たことはなかっただろうか。
忘れもしない。
「ピンがちがう!」
そう叫んで沢田は本番中に歌うのをやめた。4年前PYGから独立したばかりの彼は、再出発のステージに全神経を張りつめていた。少しのミスも彼は許すことが出来なかった。いまではそんな角もとれて丸くなった。もともと無口の彼だが、さらに無口になった。こちらからミスを謝っても、
「いいよ」
と許してしまう大人になった。いつのまにかぼくらは、それに乗じて甘くなってしまった。彼は責任感が強い。指摘しないでぼくらのミスを全部かぶって、その分をとりかえすかのように、観客の前でさらにエネルギッシュになる。その姿は痛いくらいに美しい。だが沢田、スタッフの責任は、ぼくらにとらせてくれ。
僕らも白紙から
謹慎一ヵ月はようやく半ばにさしかかった。この重苦しい時期のあと、沢田研二はどのような姿を現すのか。そのステージを手がけるのはぼくらだ。例年の全国縦断とはちがった緊張が体に走る。
事件前から、おぼろげに考えていた構成プランは、まったく白紙にもどした。新しい沢田のステージを作るぼくらも、また新しくしなければならない。これほどまでに彼のステージを考えたことはなかったような気がする。ぼくらはプロとしての誇りを持って沢田、きみをむかえる!
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