ザ・スター 沢田研二20

JULIE
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第20章 事実

話した人 沢田 研二<1976年5月28日>

不本意なバ倒

 ぼく、沢田研二の5月16日、新幹線車内での事態につきまして、ご迷惑、ご心配をおかけした皆さんに心よりおわび申しあげ、ここに事実を申しのべます。

 同日夜、新大阪駅より岡山発ひかり118号12号車(グリーン車)5番A席にぼくは座った。新大阪を出てしばらくたった時、ぼくのわきの通路を若い男性が通った。するとまもなく、
「いもジュリー!」
 と叫ぶ声が聞こえた。ぼくは振返ってみると、そこにさきほどの男性がぼくを見て立っていた。彼はすぐにビュッフェに向かって姿をかき消した。なにもしていないのに、「いもジュリー」といわれるのは、ぼくにとって不本意なことだった。彼がまたここを通ったら、
「もう一度面とむかっていってみろ」
 といってやろうと思っていた。ところが彼はずっともどってこない。
 ぼくはそのことを忘れていた。車内アナウンスがもうじき東京駅に着くことを告げた。降りる準備にとりかかった。その時、彼がぼくのわきを通りかけたのに気づいた。ぼくはまだ座っており、彼は立っていた。かなりの目線の高さの違いにもかかわらず、それも後ろから来た彼と、ぼくの目線が合うぐらいだから、たぶん彼がぼくを見ていたという状態だったと思う。
「ああ、さっきのヤツだ」
 ぼくは彼の目を見て、
「よけいなことをいうんじゃないよ」
 と言葉をかけた。彼はとぼけているように思えた。もう一度いった。
「よけいなことをいったんだろう」
 彼は、
「いや、いってない」
 と答えた。それからいった、いわないのやりとりが少しあって、
「本当にいってないのか?」
 とぼくはもう一度たずねた。というのは、こちらがおだやかに話しているにもかかわらず、彼はグリーン車内に響くばかりの大声をたてるし、車内の人はみんなこっちをふり向いているし、またケンカかと去年の新幹線の不祥事のように思われるのは損だと思ったからだ。
「本当にいっていないのなら、変なことをいってすみませんでした」
 不本意だが謝った。相手がいってないというならそうなんだろう、無理に自分にいい聞かせた。ぼくが謝ったからか、
「こちらもすみませんでした」
 という彼の言葉が返って来た。彼は酒に酔っていたらしく、井上バンドやメンバーが、
「よせよせ、かまうな」
 と口論をとめに入ったことをよく思ってなかったようで、
「みんなでよってたかって」
 と捨てゼリフふうないい方をし、
「いいや!」
 とヤケ気味になっていたようだった。

もつれる状態に

 彼とぼくは立っていた。その時列車は東京駅についたらしく、ガタンという音がして、ぼくらの体はもつれる状態になった。ぼくより二まわりも大きいと思われる身長1メートル80、体重80キロの彼の体をとっさによけた。
 まだ彼がぼくとのトラブルの決着に納得いかないような気分も知っていたせいか、一瞬その大きな体に殺気のようなものを感じた。反射的に必死によけた。
 なぐる意思はまったくなかったので、それはよけるという行為であったとぼくは思っている。結果は彼の歯にぼくの手の甲が当たってしまった。彼はなぐられたと思ったらしく、すっかり興奮した。ぼくらはすぐみんなに止められた。とにもかくにも当たってしまった。これでグリーン車にいた人達から、またケンカしたのかと思われるのか、と思いながら列車を降りた。
 彼の騒いでいる声が聞こえた。変に誤解されては困ると思った。改札口を出たところで待つことにした。彼の騒ぐさまに車掌さんも手を焼いたらしく、
「酔っぱらっていいかげんにしてくださいよ」
 といっていたようだ。営業担当の川口さんに、
「大丈夫ですか?」
 とたずねた。
「どうにも話にならないらしいから、帰った方がいいんじゃないかな」
「それじゃ何かあったら家にいますから連絡を下さい」
 ぼくはそのまま家路についた。

結果としては・・・・

 以上がぼくの再現できる限りの事実である。それからのことはぼくが体験したり見たりしたことではなくて、すべて聞いたことである。だから事実であろうというぼくの推測でもって語れない。だいぶ事実という定義や言葉の選び方に意味深くなってしまった。
 彼の名前は〇〇〇〇さん、彼は駅から110番に電話をしたらしい。ぼくの担当のマネジャー森本氏は、彼と丸の内警察署に同行したという。話し合いの結果、係員の方の立会いのもとに、示談書と誓約書がかわされたという。まったくぼくが呼び出され、取り調べを受けることはなかった。
 ぼくは翌日パリに出発した。そして一たん帰国した5月21日の朝、ぼくの取り調べのないままに警察発表が行われ報道陣がつめかけた。
 発表になったということは、ぼくが害を加えたものと決められたことだった。事情を説明するために、フジテレビ局内の喫茶店で記者会見を行ったが、弁解するつもりはなかった。
「防衛本能ですか?」
 と聞かれた。
「結果としてはなぐったということになりました」
 ぼくはきわめて明確な答えをしたつもりだった。なぐりませんでした、あたっただけです、などという説明はもはや通らないと思った。やはり言葉がたりなかったのかも知れない。翌日、各紙は、ぼくの不祥事件を伝えた。

 思うに、人生にはどうにもできない「流れ」みたいなものに巻かれることがあると思う。後で振り返ったら避けることは容易であったろうに敢えて、このパターンであれば悪い方を選んでしまった・・・
 ジュリーもこればかりではなく、芸能界入って以降、幾度となくいわゆる「罵詈・雑言」を浴びせられることがあったでしょう。しかしなぜかこの時はこの言葉に拘ってしまった。しかも前回から半年もたたずして。
 「なぜか」拘ってしまった。その流れは流れとして受け止めて、時間はかかるかもしれないけれども後の気の持ち様や行い次第で矢印を悪い流れではなく、より良い流れに向けることができる。実際に彼はそれを成し遂げた。
 この事実はジュリーごとだけでなく、人それぞれに落とし込むことができる、人生のお手本となる場面(シーン)だと思う。

記者会見で一切弁解することなく「結果的になぐったということになった」と言った沢田さんは素敵です。

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