ザ・スター 沢田研二7

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第7章 プラス・マイナス

話した人 沢田 研二<1976年2月20日>

価値観に個人差

 誰でもおなじ星をもっているような気がする。ぼくらはプラス(得)とマイナス(損)をこの世から受けながら生きている。あまたの数のプラスとマイナス。
 昨日酒場で酔客になぐられてマイナス、今日は駅前で恋が芽ばえプラス・・・・というように、そのプラスとマイナスを死ぬ時にトータルすると誰でもゼロになるのではあるまいか。ゼロから生まれてゼロで終わる。
 うかつに例をあげてみたものの、実際プラスとマイナスは本人じゃないとわからない。酒場でなぐられても自分のバカさを悟るきっかけにでもなればプラスだし、芽ばえた恋も相手が遊びならばマイナスにもなりかねない。ましてや人と比較してのプラスやマイナスは危険だ。価値観はそれぞれ違う。
 交通事故で若者が死んだとする。これから働き盛りだったのに、恋も実らなかったのにと嘆き悲しむだろうが、もしかしたら後に富も名誉も平和な家庭も持てたかも知れないが、彼は後にそのプラス分だけもっと苦しみぬいたマイナスの死に方をしたかも知れない。そうしてぼくらはのがれられないゼロに向かって生きる。

理想郷を目指せ

 ならばその星を変えてみたい。時の流れにまかせてゼロに到達するよりも、何千万分の一、いやそれ以上の確率の悪さであろうゼロの星を撃ち落としてプラスをこの手に握りたい。
 ぼくにはアルカディア(理想郷)がある。プラスに満ちあふれたアルカディアがある。だが現実に横たわっているのは世間、その差ははげしい。
 しかし、その世間を構成しているのはぼくである。人は世間とアルカディアを行ったり来たりしている。世渡りを誰でも出来るのは世間という概念が人それぞれの頭の中でほぼ同じに統一されているからである。
 ところがアルカディアは個人的なものだから他人の目には奇異に映ることも多い。
 そこでおくしてはならない。もしも世渡りしていた人が全員アルカディアの道を渡り始めたら、必ずプラスの接点が生まれるような気がする。少なくともゼロの星を撃ち落とす確率は高くなる。

ファンより前進

 ぼくは歌手だ。この部分で世渡りではないアルカディアの道を歩む。よく歌手を一時の人気商売と考える風潮がある。歌手は男子一生の仕事にあらず、と世間も思い、歌手自身もそう思いがちである。
 はたして歌とはいつか事業をおこす金のための、かりそめの商売なのか!?それでなくても歌はむなしい。無形である。心にとどめられない限り他人の耳を一瞬よぎるにすぎない。
 確かにぼくにはファンがいる。彼らはやさしい。だが甘えるな。一歩でいいから彼らより前進しろ。ジュリーとはそんなヤツだとイメージをつかまれるな。常にどこかでファンを裏切っていたい。
 ファンとぼくの中には緊張関係はうすい。彼らの好意のまなざしは変わらぬジュリーなのかも知れないが、昨日より今日は変わらなければならない。変わらぬことが人気だとしても・・・・。そうだ、歌手なのだ。

いい人とは何か

 歌手のぼくらは多少なりとも人に影響力をおよぼす。人の共感、共鳴を受けて成り立っている。だからいい人でなければならないのは大前提なのだろう。
 ところが、あの人は人柄がいいから歌手としていい、などといわれるとちょっと困る。それじゃ悪くなってみようかとも思う。人柄が芸(歌)より前に出てはいけない。みんなに支持されているのは人柄でなく芸なのだから。
 さて歌手はいい人でなければならないといったがどんな人がいい人なのか?大衆的な笑顔か、アカデミックな理論か、はたまた浮気をしない夫か・・・・。
 どれをとっても他人を意識してのいい人らしい行為である。自分の信じるがままにしているぼくにはいい人はわからない。せめて悪い人にはならずにいようと思うだけである。悪いヤツ、そいつは自分さえも裏切るヤツである。

=オールナイトニッポン 20日に僕の心を

 ぼくは死ぬことを考えない。永遠の生命ではあるまいが、アルカディアを目指し、いくつのプラスを増やしていくかに執着する。だから生命保険にも入っていない。ぼくにとって死後のお金はプラスではなくゼロである。
 ゼロの星を撃ち落とすためにぼくは明日旅に出る。ヨーロッパにレコードプロモートのため羽田をたつ。今夜は深夜1時からオールナイトニッポンで2時間の枠をいただいた。現在、自分が思っていることをなんでも話してよいという。1976年2月20日の深夜のすなおな感情をお聞きいただきたい。
 そして明日の今頃はスイス・ジュネーブにて、純粋に白いアルプスの峰々をながめながら、ぼくは照準器をキリッとプラスに合わせる。撃て!

「常にファンを裏切っていたい」というのは若い頃からおっしゃってましたね。
それが積み重なって、例えば今みたいに外出もままならない、仕事もできない、じゃあ昔の沢田さんの映像なり、資料を整理しようかといろいろやっている中で、「ホンマいろいろやりすぎるほどやってこられ、変化されつつの人生だったんだな」と感慨深く思ってしまいますし、この考え方は間違ってなかったんだと思います。

プラスの人生だったのか、マイナスの人生だったのか、はたまたゼロで終わるのか、
こういうことを考える時、いつぞや沢田さんがMCで言っておられた、「最後は手を合わせてありがとうと思いながら死ねたらいいじゃないか」とその言葉が頭をよぎります。

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