ザ・スター 沢田研二21

JULIE
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第21章 芸能界

話した人 沢田 研二<1976年6月4日>

ファンと対等・・・・・!

 はたしてすぐに謝ればよかったのだろうか。罪の意識、そんなものがあってもなくても謝ればよかったのだろうか。
 よくいわれる言葉に「人気稼業というものはファンの人あっての仕事である。気になることをいわれることもある。そんな時は聞きのがしていればいいんだ」
 確かにそうかもしれない。だがぼくら芸能人がそれほど卑屈になって得をしたことがあっただろうか。そうして人から恵んでもらうあまりあるものなどあっただろうか。
 何もない。ぼくはファンの人と対等に、平等になろうと少なからず努力をして来た。もちろんみんなに感謝の気持ちはもっている。しかしその気持ちは他人から芸能人の常識として教えられたような借りものではなく、ぼく個人の意識としてもちたいがために、ぼくは人間としてファンの人達と対等、平等であることを要求してきた。

 暴行事件として各紙にあつかわれた翌日、ぼくは盛岡のステージに立っていた。いつもの調子で行ってみようじゃないか。罪人めいた伏し目がちなまな差しはいま似あわない。ザンゲめいた静かな語り口はいま似あわない。そんなに悪びれたらぼくはうそつきだ。この右手が列車のハプニングであろうと相手の歯に当たった自覚分だけの反省はしたつもりだ。だから、さあいつものように・・・・。
 しかし会場はいつもとちがって、音楽ののりとは別にぼくの一言を待っている様子。それでもぼくは昼の部をいつものペースでつとめた。
「何もいわずにはこのまま続けられないのだろうか・・・・」
 休憩時間に入ってまぶたの裏にふいに声なき声のファンの残念がせめたてる。
夜の部、ぼくはとうとう事態についての説明を・・・・した。
 ファンの人達にとってはやはりあまりにショッキングな報道であったらしい。
「本日のジュリーの公演はあるんですか?」
 会場には出演を心配する電話がかかってきた。大丈夫だよ、いつものぼくだよ。そそっかしい友達は大きな見出しだけをみて、きっと留置場に入れられてるにちがいないと思い、またある友達は、またハプニングが起こると困るからと、駅まで迎えに来てくれた。

山形で妨害騒ぎ

 みんな温かく笑ってすごせることだった。だが山形の会場で、あるうわさを聞いた時に、その笑いもこわばった。
「暴力歌手の公演をさせるな!」
 とシュプレヒコールをしながら宣伝カーが街を走ったというのだ。「暴力」という言葉が胸を凍(い)てつかせた。右手でこぶしを作り、これが「暴力」なのかと何度も問いかける。それにもまして、
「公演をさせるな!」といわれるままにぼくはあまんじなければいけないのか。誰がいったい、何の権利があって・・・・。山形の妨害騒ぎは意外な理由だった。ぼくを呼んだ主催団体とライバルの興行団体が、それ、チャンスとばかりに行動をうつしたのだという。ぼくはかっこうな材料であったわけだ。それにしても裏を知らない人々の目にはどんなふうに映ったのか。

今、パリの空から

 ぼくは神様じゃない。この世でそれほど良いことをしてるつもりはない。あたり前な人間だからだ。だからスーパースターのごとくもちあげられた記事が載った時に、すなおに喜べないし、一まつの不安さえよぎる。このもちあげた分だけ、引き落とされることがあるのではないかと・・・。
 差し引きゼロがこの世なら、それほど良いことの出来ないぼくと、ときどきカッとささやかな怒りも覚えるぼくと、その間でゼロであって欲しい。より良くなることを夢みるぼくにちがいないが。
 ぼくがいえる義理ではないが、何か芸能界でことが起こるたびに、
「それは芸能界では氷山の一角だよ」
 としたり顔でいいたがる人がいる。女にだらしがない、金でスターになる。芸能界の黒い霧、悪の温床・・・・こんな話にぼくは出会うたびに、芸能界はそんな人ばかりじゃないと自分にいいきかせ、話す機会があればわずかな人にでも誤解を解こうと試みてきた。紙面をにぎわす不祥事とは無縁に活動を続けている芸能人の数の方が圧倒的である。ぼくのハプニングでまたその人達に迷惑をかけたとしたらまったく申しわけがない。
 そしてなおさら思う。ただ、
「関係ないよ・・・・」
 と知らん顔するだけの芸能人のさびしさを。無意識は、無言は世間に芸能界のいまある偏見をそのまま常識化させることである。その時では遅い。
 芸能界はよその国ではない。同じ日本人で構成している芸能界である。人間の常識から逸脱した国を作っているのではない。インタナショナル的にいえば、人間界の芸能界である。もしも芸能人同士に一般社会の人とはちがう共通の仲間意識があるとすれば、それはいま芸能界の偏見を嘆き悲しむ心だ。
 パリに居る。どのような形に事態がふくれあがるのか、しぼんでしまうのかこの目にみえない。あまりにも遠い時差。

どこかのMCだったのか、テレビ番組だったのか忘れましたが、だいぶ後での発言で、この時に「暴力歌手と言われた」ということを何度か聞いた記憶があります。だから残ってるんですよね。山形や世間的に「暴力歌手」言われたあの時の凍てついた記憶というのが・・・
 本当は違うのに・・・かといって、いくら真実を伝えたとしても、真実が独り歩きして今のウイルスに例えるのもアレなんですけど、突然変異するわけですよね。本当苦しかったと思います。
 ちなみに、私の記憶もこれを機会にこの事件にちゃんと向き合うまでは、「あれ確かジュリーが相手の〇間を握ってどったらこったらだったっけ???」なんて、嘘の事実を本当のように受け止めてましたから、ホンマ反省です💦
 これは実は相手のほうがそういうフェイクを流したようなんですが、それが未だに伝わってしまっている的なね。オソロシイもんですよ・・・

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