「BALLADE」東京国際フォーラム

JULIE
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開演前

2021年、5月28日。
とうとう、とうとうこの日が来てしまい、
たったの2時間ちょっと新幹線乗って気が付いたら東京にいる感じで、
とっても不思議な気分でした。
まさに日々いろんなことが沸き起こっている渦中の地点にいるわけですから・・・

そして、あっという間に時間が経ち、
いつもならわりとすぐに入場するのですが、
マスクした状態で人が至近距離にいる中ずっと座りっぱなしというのもちょっとつらいかなと思い、
しばらく入場列の様子を見ながら待機することに。


ところが、この列が短くなるどころか、ますます長くなっていき、
そうこうするうちに開演30分前を切り、
20分前になってさすがに並ぼうと思い並ぶことに。
蛇の目っていうんですか、
あれのウンと長い感じですね。
もう会場前を行ったりきたりする感じ(笑)
結果、開演時刻の18時時点では、まだまだ入場には程遠い状態で
並んでいる人も、1000人はいないでしょうが、500人以上は確実にいる感じでw
整理するお兄さんもインカム的なもので中と連絡を取っている感じだったし
この行列が終わるまでは、始まることはないと勝手に確信しておりました。

やっぱりね、チケットの裏面に名前と電話番号を書かないといけないとか、
検温しなきゃいけないとか、手指消毒しなきゃいけないとか、自分でもぎりせんと駄目だとか、
そういうことがいつも以上に入場を遅くさせたんだと思います。
私がその地点を通過する頃にはなぜかとてもスムーズに流れておりましたが(笑)

で、10分すぎくらいかな。着席できたのが、
事前に中の方がつぶやいておられたので知っていましたが、
ステージの向かって左側に3mくらい?の赤い旗ぽいのが刺さっていて、
これを使って何か演出でもするのかと思いましたが?
一方でこんなの持ちながらなんとかできるほど小さくないしなとか思ったりw

当たり前ですが、ほぼほぼ皆さん先に着席されておられて、
沢田さんとは関係ないBGMが流れている状態。

18時20分ベル

18時25分開演

25分遅れのスタートでした。

ジュリー登場!

左側から片手を上げながらこちらを向きつつ登場する沢田さん。。


私ね、もっと感激しすぎて涙ちょちょぎれる気持ちを想像してたんですが、
感情って不思議なもので、
久しぶりだとか、ずいぶん長い間逢ってないとか
そういうのが不思議となくって・・・

なんていうんですか、いつもどおりだ  っていう
昨年の正月LIVEのすぐ続きに今があるというのか
その間のコロナのことでの空白っていうのが見事に打ち消された感じで、
極端に言うと
「昨日も観て、今日も連ちゃんで観に来ているぜ!」
という感覚。。

それだけね、

ジュリーはまったく変わっていなかった


ということなのです。
・相変わらずのスゴイ声量
・相変わらずの時々歌詞吟遊詩人
・苦しくなく出る高音
(この点は60代後半より70を越えてから出るようになった感じがあってスゴイですし)


だけど、出てこられてしばらく皆さんがもちろん無言で拍手をされておられて、それを受け止めていた沢田さんですが、その時だけかな、目を若干強くつぶってやっと歌える!という感慨が顔に表れていたのは。
それ以外は、ほんと、普通で。
これまで観てきたジュリーで。。
こっちはいろいろあってゼイゼイしている中、ある意味キケンを冒しながら来ているのに、その間沢田さんは「冷凍保存」されていたのか???というとんでもない例を頭に思い浮かべましたので書かせていただきましたが(笑)

もちろん「冷凍保存」されることはなく、沢田さんも日々心臓を動かしながら生きておられるわけで、
こういうことは性格的に絶対言うことはないのですが、
相当の声・体力の維持に尽力
されていたことがとってもうかがえて。
これほどの長期間歌ってなければ、あんな相変わらずの迫力のある声が出るわけがないし、
しかも、高音がしっかり出てましたし(驚)
下記にセトリを記しますが「君をのせて」の最後にバレリーナのお辞儀の深い的な姿をされるのですが、その姿をされた時にも足がガクガクすることなくピシッときめておられましたので、
こういうことにしたって、普段から動いていないと無理なわけであって・・
そんなことを考えたら、
ただただその努力に頭を下げるしかないわけで。

セットリスト


1.30th Anniversary Club Soda
2.時の過ぎゆくままに

ごあいさつ

3.君をのせて
4.追憶
5.海にむけて
6.あの日は雨
7.コバルトの季節の中で
8.根くされpolitician
9.三年想いよ
10.雨だれの挽歌
11.TOKIO
12.渚のラブレター
13.明日は晴れる
14.ISONOMIA
15.届かない花々
16.いくつかの場面

MC

17.ヤマトより愛をこめて
18.ハートの青さなら空にさえ負けない

終了20:07
約1時間45分のLIVEでした。

曲について

1曲1曲の詳しいことは、また別ブログにて書くことにして、
今の沢田さんが何を歌いたいのか、ということが興味のひとつでもあったので、
なるほど、こうきたか、と。

全然「BALLADE」じゃないじゃん(笑)

いや、「全然」は言い過ぎかな、あまりw

最初に「30th・・・」をもってきたのは、やはり今回が「ソロ活動50th」ということで、お祝いの気持ちを込めて華やかにスタート!という感じですね。

「君をのせて」や「追憶」はけっこう歌われる頻度が多いので、やっぱり好きなんだなと思いつつ、ちゃんと高音が出ていることに安心し。追憶は少しキーを下げておられたかな。

「海に向けて」と「あの日は雨」は加瀬さんとか、沢田さんを囲んできた人たちを想うイメージがありますね。「いくつかの場面も」もそうですしね。

ほとんどの曲が原曲を崩さずに歌っておられたのですが、たぶん唯一「TOKIO」
だけね、今まで聴いたことのない「TOKIO」で
キーは下げているし、テンポも遅いし、もっと左右に歩けばいいのにその場を足をバタバタさせながらクルクル回っているような感じでw
歌声もなんていうのか、半ば投げやり感的な??
ポップな感じからこの「BALLADE」というタイトルに合わせたのかな?とリアルタイムでは思ったのですが、後で皆さんのつぶやきから、ああ!そうかと。
別に沢田さんが公言したわけではないので、想像ではありますが、

もうこれ、思いっきり五つの輪の皮肉じゃん

って
過去には「五つの輪ありがとう」(半ばタイトルごまかしておりますがw
というこれまた五つの輪に対する皮肉を感じられる曲を発表しておられ、すでに開催に対しては疑問符を持たれていたであろう沢田さん。
そして今のこのもう日々のダメダメっぷりですからね💦

で、この後が「渚のラブレター」なんですが、
これもどなたかがつぶやいておられて、

今ならぁぁぁ取り消せーるベイベェーー

じゃないですかwww


もうそう考えるとスゴwww


いやいやいや、
それよりも私が今回一番驚いたのが、この「渚のラブレター」の歌声・・・
ご存じのとおり、ありゃ
とっても
とっても
高いキー

なわけですよ。私は音楽わかんないので、どれだけ高いかわかりませんが、とにかく高い(笑)

それをですよ、
当時と同じキーで歌えるんですよ。72歳の方が・・・
さっき書いた「今ならぁぁぁ取り消せぇぇぇるベイベェーー」
しっかりと高音が出ておられましたし、そりゃ当時のあの澄んだ声ではないですが、
声に濁りと深みが入った分、よりROCKぽくなっておられるというのか。
表現若干悪かったのでw言い直すと

当時より上手くなっている!

というこの驚き!!

名古屋、大阪に行かれる方はとっての楽しみにしておいてください!


MCでは、現在の世情については深くは語らず、
歌で気持ちを表現してみました。どう捉えてもエエんやで
という、これも沢田さん流ですね。

幸運が重なって・・・

何をお話になられたのかは、詳しくはこれまた別ブログで書きますが、
今回のコロナの恐怖を意識しながらある意味「決死のLIVE」的な表現は沢田さんの口からはなかったのがちょっと意外で(笑)

発売したのが宣言下ではなかったから、100%で売りに出したらすぐに売れてしまって、そのうちに宣言下になって、でもすでに売れてしまった場合は100%OKだと許可をもらえたから、そのままやっただけ、何が悪いの?

という感じ(笑)
あのちょっと前に渋公で〇木さんが僕が先頭に立ってやるんだ!的なそれこそ「決死」の意気込みだったじゃないですか。そういう感じが全然ないの。

「幸運」とか「偶然」とか多く口にされていた沢田さん。
本当にそうだなと。
昨年のツアーのキャンセルにしたって、キャンセル時はもちろん11月はどうなるかわからなかったけど、
ご本人は「これは11月もダメだな(まだまだ流行しているなという)」と思われて全てキャンセルされたそう。早めの行動で、これが結果的にはよかったわけで。
今回もね、いろいろくぐりぬけて、無事に開催でき、
そして6月3日に行われるフェスティバルホールも、もし土日ならアウトだったけど、木曜日だからね。許可を得られて堂々と開催できる運びになって・・・

これは「偶然」ではなく、「必然」的にもう護られまくっているとしか(神)

ああ・・スゴい

「配信」のこともいうておられましたね、自分には意味のないことだって。
「生は違う」って。


沢田研二の歌を一番イキのいい状態で聴くにはやっぱり「生」しかないし、
それ以外の方法だと「鮮度が落ちて」しまう=本人も客も納得しない。

魚を提供する料理屋の調理人とお客様の関係に似てるなあって。
「生」っていうのは、魚を新鮮な状態で、調理し提供するということね。

ま、それと「ボクなんかアップに耐えられる顔じゃない」とか「映すとしてもアップにせずに膝から上が入るくらいの引きで固定してほしい」とか

そんなん言うてたらキネ神はどうなんwww


そしてこれからのことも。
「これからのことをちゃんと決めてないと前に進めない」ということで、予定はちゃんと入れたおられて、秋にまた今回の東名阪+博多、京都、奈良、神戸でLIVEをやりたいと。
(なんで西ばかりなん。いや、こっちは大歓迎ですがw)
で、一部の報道では「伝記映画」とか聞いたことがありますが、
聞いた雰囲気では「一年を通してやる仕事で、コロナのため途中で止まっている」的な感じで、映画なのか?とも思いますしね。
いずれ形になったら沢田さんの口から発表になるそうです。とりあえず頓挫してなさそうでよかった。。

こんな状況でしたし、時間も押している状態ですし、
MCはごくごく短くかななんて思っていましたが、10分ちょいくらいでしょうか、意外とけっこう長くおしゃべりになった印象です。

最後は
どうぞ皆さん、生きていてください
生きていてください


と。
いろんな不安に押しつぶされそうになる日々をそれぞれが抱えておられることでしょうが、
「がんばろう!」と思える温かい沢田さんの御言葉でした。

あの赤い(朱い)旗は???


LIVEはこうして無事に終わり、私が見た限りでは、目立った行動を取られる方もおられず、皆さん行儀よくそれぞれの曲終わりに拍手をすることでちゃんと、お互いに感謝をしあっていた感じですが。
唯一、

一切手にも話の中にも触れることがなかった左側にある赤い旗の謎がw

フォーラムは当然今のジュリーはどうなん?という一般ピーポーの方もけっこうおられるので、
けっこうな方が最後まで????だったのではとwww

ファンの皆様ならご存じですが、
これは例のドタキャンをされた時に、直後の大阪狭山でのコンサートの時のMC

僕がしたことで、当日スーパーアリーナにお越しになられたすべてのお客様に不快な思いをさせたことは事実。これはすべて沢田研二の責任。なぜなら僕が決断を下したから。

僕はそれ以外の方法も知っている。なぜこの方法しか選ばなかったのか
僕は立ち止まって自分の音楽人生の一つのポイントにしようと思った。

僕は旗を掲げました。
白旗ではありません。
情熱の赤い旗です。

この歳でもまた一から頑張ろうという気持ちになった。
甘えてしまいましたが、もう一度スーパーアリーナの客席を満杯にするという新しい目標ができました。
70歳をすぎ、この先が長くはない。不可能な夢かもしれない、見果てぬ夢かもしれない、
でもその日を目指して努力することはいけないことだとは思わない。

その後発売された「SHOUT」の曲中にも登場するこの赤い旗
この曲の詞漢字は「朱」なので、沢田さんの中では「赤色」ではなく「朱色」なのかもしれませんが、
ともかくも、ドタキャンが発端となり、
もう一度スーパーアリーナにチャレンジしたい!という自分の決意を表現する言葉として「赤い旗」という表現をされ、実際に実物が掲げられているのが今回のLIVE、ということですね。

これは
説明し忘れていたかもしれないですし、
「ファンなら分かってるでしょ」ということで、敢えて言わないだけかもしれませんし、

その答えは名古屋に・・・・ということで。

次回、といっても中3日しかありませんが(笑)

ちゃんと確かめてこようと思います。

まだまだ書きたいことがあるようなないような・・・そんな感じですが、
そんなことも含めて別ブログにて記録させてもらおうと思っています。

いや、これ今書いているの、朝の4時半なんですよ。
LIVEから帰ってきてこんな眠れなかったの初めてで、
寝れなければ、もう先にこちらに書いてしまおうという流れ(笑)


一部の情報ではカメラマンさんもおられたというし、
朝刊、スポーツ紙が気になるので
しばらく眠れませんなw

今まだ不思議な感覚でおりますが、
もう沢田さんに感謝しかない。
ああまた、借りができたなと、かといって過去の借りが膨大すぎて返しようがないけれども。
そんな心境です。

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